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2013年12月08日

ブログが続かない理由


 これからなるべく、何か書いていこうと思う。本当に文章が書けなくなってきているので、リハビリだ。

 私は文章を書くのが嫌いではないが、いくつか苦手なことがある。これはほとんど、書くほうにも読むほうにも共通だ。

 まず、飾った文章は書けない。自分に酔った気がするからである。また、文章は一文を短く、わかりやすく書こうとする癖がある。これは昔、放送台本や企画の練習をした時にそうなったのだと思われる。ついでに言うと、自分に酔ったような文章を読むのも少し苦痛だ。もっとも、演技であればまったく平気だ。文章も、演技すればわりとなんだって書ける。ただし疲れるし、頻繁にタダでやろうとも思わない。

 それから、私はコメントや返信をするのに、かなり時間がかかる。メールの返信で半日くらい悩むこともある。これは自分の伝えたいことがなるべく伝わるようにと思いすぎるからだろうと思う。それと、どうも自分は素直な反応をすると相手に誤解されることがあり、それを懸念して言葉を継ぎ足しているというのもある。

 反応が苦手なくせに、反応のないことをやり続けるほどの動機を持っていない。自分のやったことは一応まとめたり残したりしたいと思うが、それについてそこまでの自己満足も得られないのだ。何より、濃い仲間というのが大人になってからほとんどいない。自分がアプローチしたり組織したりするとうまく行かず、かといってどこかのグループで相手にされるというほど何かを持っているのでもない。そして昔から、何をやっても放っておかれるタイプのようなのだ。これについては半分以上あきらめている。私が悪い。

 強い好き嫌いや思いがないというのも、私の文がつまらなくなる要因だろう。基本的にどんな風景を見ても「ふーん、ここはこうなのか」で終わる。私はそれぞれの記憶をなるべく同じ重みでストックしていこうとする。古いことも新しいことも、どんな場所も、できれば平等に扱いたい。それを部分的にアウトプットしたところで、見る人はうんざりするだろう。しかしどう飾ったらいいものか、私には浮かばないのだ。良い意味での「ふーん」を強調するのは難しい。

 結局、強い思いのないことを飾らない簡単な文章で書かれても、読む人の多くにとってはつまらないものでしかない。それはわかっているのだが、それを覆すほどの動機や感情もないし、自分も裏切れない。

 そんなわけで、日常を書くというにはあまりにも自分は何も持ち合わせていないことに、改めて気づく。ブログも続かないわけである。文章のほとんどない写真ブログですら、やる気のある時にまとめて更新するだけだ。「東京の商店街を歩こう」に関しても、書けば書くほどつまらない文章になり、更新が滞る始末。

 これからここで書いていく文章は、推敲含めて1時間以内で書く。内容はまちまちで、この口調で書くとも限らない。ただ、テーマは必ず持つ。「日々の記録」というタイトルではあるが、しばらくの間、ただの日記的記録にはしないつもりである。写真もほとんど使わないか、あえて自分の顔か身体をたまに載せるかもしれない。

 できれば自分にとって前向きなことを書きたいが、読む人によってはあまりそう見えないかもしれない。決意を表しているはずのこの文章だけでも、すでに陰鬱な気さえする。
posted by しかすけ at 11:53| 何か書く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする